NASAシンポジウム 特別講演レポート

2016年12月8日、サイエンスエキスポ2016で開催されたNASAシンポジウム。今回、シンポジウムでご講演されたNASAエイムズ研究センターのKevin Y Sato博士、広島大学 宇宙再生医療センターのセンター長である弓削 類教授を本社にお招きし、シンポジウムと同内容をご講演いただきました。

本記事では、社内講演の模様をごく一部ではありますがご紹介いたします。

重力からの解放―国際宇宙ステーションのための理化学機器の設計とその未来

特別講師:Dr. Kevin Y Sato
NASAエイムズ研究センター
NASA Space Biology Senior Project Scientist

微小重力(Microgravity)とは?

質量のある全ての物質は、他の物質を引き寄せる性質を持っています。ニュートンの「万有引力の法則」という言葉は皆さんご存知かと思います。私たちが住む地球もその性質を持っており、地球が他の物質を引き寄せる力のことを、我々は1gと定義しています。投げたボールが落ちてきたり、ジャンプしても地面に戻ってしまうのも、全てこの重力という力によってもたらされる現象です。

では地球を飛び出した時に生まれる、微小重力(Microgravity)とは何でしょうか?

国際宇宙ステーション(ISS)は地球から250マイル(402.3km)にあります。この時、ISSに対してかかる地球の重力は、約9%低下しています。ISSが地球から水平方向に時速17,500マイル(28163.5km)で進もうとした時、重力によって地球に引き寄せられる力とISSの水平方向に進む慣性の力がつりあって、地球の周りを周回するようになります。この状態を"自由落下"といいます。そしてこの自由落下中、ISS内は無重力に近い、微小重力状態となっているのです。

宇宙フライトと微小重力によって身体に何が起こるか?

宇宙フライトに行くと筋力が低下することはよく知られている事です。それ以外にも様々な影響が出ることが分かっています。例えば静圧力の欠如です。地球上では、血液やリンパは頭から足の方へ重力の力を借りて流れていきますが、微小重力ではそれが起きません。そのため、頭と脚の流圧差が無くなり、均一になってしまいます(宇宙飛行士の顔がむくんでしまうのはこの現象)。他にも、機械的荷重の欠如や宇宙環境特有のストレスもあります。 

これら宇宙フライト下で起きる様々な現象を整理していくと、老化との類似点が多いことが分かります。まず筋力が落ち、骨が弱くなります。次に免疫システムや生殖能力が衰えていきます。そして、一つ一つの行動に対する性能が落ちていきます。この類似性は、宇宙生物学にとって興味深い現象の1つです。

NASA Space Biology(NASA宇宙生物学)について

NASAでは、以下のような目的を持って、宇宙フライトにおける生物学を研究し続けています。

  • 生命は、宇宙フライト環境に対してどのように反応し適応するかを理解する
  • 宇宙環境に対する影響やそれを感知する生物学的メカニズムを明らかにする
  • 重力変化に対する生物学的反応の特性を明らかにする(独立した変数として重力を取り扱う)
  • 将来の人類の宇宙探査における知見を高める
  • 地上で役に立つ知見(学術的な科学と医学)を集める
  • 次世代の科学者や技術者を鼓舞し育てる

なぜわざわざ宇宙で生物学的研究を行うのでしょうか。以下のようにNASAは考えています。

  • 宇宙が新しい生物学的発見のためのユニークな環境である
  • 生物学的機能における重力の役割という疑問に取り組める
  • 地上での医学的疾患と類似する身体的変化が加速的におこるため、年単位ではなく、日、週、月単位での研究が可能である
  • 将来的な低地球軌道の向こうにある火星等の宇宙探査に向けて

では、宇宙環境下での研究を進めるためには、どのような環境が必要で、何を考慮しなければいけないか? それを考えてみたいと思います。

宇宙フライト研究のための理化学機器をデザインする際に考慮すること

地上の研究室と宇宙の研究室の違い

地上の研究室の様子を思い浮かべてください。机と椅子が並んでおり、棚にはたくさんの備品が整頓されています。机の上には様々な機器があり、それぞれに広いワークスペースが用意されています。それに対して、宇宙の研究室は非常に狭く、綺麗な棚も見当たりません。大型の器具など置くスペースはどこにもありません。 

微小重力下での研究用機器をデザインする時の留意点

微小重力の世界で使う研究用機器に関しても大きな違いがあります。当然のことながら、微小重力下では重力に依存する工程は通用しません。フラスコを傾けても、液体は流れ落ちないのです。また、火をつけた場合、地上であれば暖められた空気が対流により上にあがり、冷たい空気が下に下がります。これは重力に依存した現象ですが、宇宙ではこれが起きません。微小重力下で火をつけても熱対流が起こらないため、炎はドーム型となります。

微小重力下では、重力に依存する熱対流や混和は起こりません。

  • 微小重力下では、拡散やブラウン運動が支配的です
  • 微小重力下では、伝導によって熱移動が行われます

空気の泡は上がってきませんし、比重の異なる液体が簡単に混ざることもありません。細胞の培養に関しても、培養液が拡散やランダム性の強いブラウン運動に依存した混和となってしまうため、細胞の周囲に新鮮な培養液が届かず、栄養源が枯渇してしまいます。地上のように重力による混和が望めないからです。

これらの事を留意した上で、研究用の機器をデザインする必要があるのです。

次世代の宇宙探査のための技術に必要なこと-火星とその先へ-

NASAでは「Journey to Mars」と名付けられた活動を行っています。これまでの研究により、地球から180~330マイル(289km~482km)といった低軌道の範囲に関しては、様々なことがわかってきました。その先にある月までは24万マイル(38万km)ですが、まだあまり知られていない領域です。さらに火星までは3,600万マイル(5,793万km)ありますが、ここは未知の領域と言って良いでしょう。我々は宇宙探査を拡張して、この未知の領域へのチャレンジをしようとしています。それを実現するための科学的知識を拡げるには、既存のハードウェアの微小重力下への適応と、新しい技術開発が必要だと考えています。

本日はありがとうございました。



重力制御による新しい理化学機器の研究領域とその実用化

特別講師:弓削 類教授
広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 教授
広島大学 宇宙再生医療センター センター長

はじめに

先月11月10日に、「宇宙活動法」という法律が成立しました。これまで民間に入る余地のなかった、国が主体で行って来たロケット打ち上げや人工衛星管理などの宇宙開発事業を、民間企業でも可能にする法整備です。いうまでも無くロケットを空で打ち上げても意味がありません。ロケットに搭載されるものの多くは理化学機器です。あまり知られていませんが、つまり今年が日本の宇宙理化学機器の元年になったということでもあります。今回のサイエンスエキスポ2016のブースをKevinと一緒に回りましたが、日本の研究機器は小さく軽量でハイテク、そして質が高い。Kevinも大変エキサイティングだと言っていました。見たところこのままロケットに搭載できる測定、検査機器等の理化学機器が多くありました。政府は、「宇宙活動法」の活用により5兆円規模の産業分野に成長することを目指しています。すでにいくつかのベンチャー企業が参入を始めており、これからどんどんこの分野の市場が広がって行きます。Kevin博士の講演は、「宇宙活動法」成立からみても大変タイムリーな企画です。

これから宇宙ビジネスが広がっていく中で、Kevin博士の話であった「微小重力下で使うことができる実験機器」の特徴を理解し、小さく軽量の実験機器を開発することが重要になってくると思います。

「重力制御装置 Gravite」を用いた微小重力での再生医療研究

重力制御装置Graviteは、2つの軸が複雑に回転することで10⁻³gの環境を実現し、宇宙の微小重力下と同様の実験を1gの地上で行うことが可能となる装置です。

私は25年前、留学先にNASAの研究者がいたので宇宙生物学に関する研究をしていました。元々専門がリハビリテーションなので、長期臥床の患者や老化に関するデータが宇宙環境で起こる身体変化と類似している事に気が付きました。スペースシャトルで筋や骨の細胞を打ち上げて培養するとこれらの細胞の分化が抑制され、その結果が宇宙飛行士の筋萎縮や骨萎縮につながる事が分かって来ました。そこでこのGraviteを作り実験をしてみると、宇宙と同じように細胞の分化が抑制されることが分かりました。 

また、Graviteでは重力を加える事も可能で、2~3gの過重力環境では逆に細胞の分化を促進することも分かりました。つまり、細胞の分化には重力依存性があり、重力をコントロールすることで分化のスイッチを入れたり切ったりすることができるというわけです。通常、分化をコントロールするためには薬品を使ったり、あるいは遺伝子操作をする必要がありました。Graviteを使う事で、薬品や遺伝子操作を必要とすることなく分化をコントロールできるという点が、画期的なところです。

実際にGraviteが再生医療にどのように使われているのか、ご紹介したいと思います。

Graviteを利用したES細胞の培養

重力制御装置Graviteを利用すると、ES細胞の培養において必須とされていた以下の動物由来のマテリアルや薬剤を使わずに培養することが可能となります。

  • 白血球阻害因子(LIF)
  • フィーダー細胞
  • コーティング剤
  • 血清
  • 細胞剥離剤

この点がNASAが最も面白いと評価してくれた点でもありました。また、ES細胞でできたことがiPS細胞にも適用できることも分かっています。
つまり1g環境では出来なかった薬を入れない・遺伝子操作しない・動物由来のものも使わないで培養できるという事で、安全に幹細胞の大量培養ができるという点で、様々な先生方にGraviteの利用価値を認めて頂けました。

最近では「臨床で本当に使える幹細胞か?」という観点で、臨床試験で「安全性・拡張性・再現性」を確認しています。
「安全性」は遺伝子操作や薬剤利用、動物由来のものが使われていないか?
「拡張性」はコストと時間、要は安価でできるか?
「再現性」は最も重要で、同じ結果が繰り返し再現できるか? です。

Graviteを用いれば、これら全てを満たす事ができると考えています。

宇宙ステーションでの実験・これからのGraviteについて

今後、宇宙ステーションを使った再生医療の研究をNASAの支援で2年後を目処に行います。患者から採取した頭蓋骨の幹細胞(間葉系幹細胞)をロケットで打ち上げ、微小重力下で培養し、回収するというものです。同時に地上でもGraviteでも同じ細胞を培養して回収します。その回収した幹細胞を脊髄損傷モデル動物に移植をして、回復の効果をみます。これまでの私達の研究では、地上1g環境で培養した幹細胞より、微小重力環境で培養した幹細胞の方が、移植効果が高いという結果を得ています。国際宇宙ステーションの真の微小重力環境とGraviteの微小重力環境でどのような差があるのかを検証する事によって、幹細胞の未分化維持と大量培養の効果のメカニズムを説き明かすことができます。夢のある仕事です。

これまでの人間の研究というのは、1gの環境でしか行っていませんでした。NASAが宇宙実験を行っている以外に、微小重力という環境で実験を行った人は誰もいないのです。私たちは現在細胞に関する分野で実験を行っていますが、水生動物・植物・微生物に関する分野はまだまだ研究が進んでいない。結晶1つに関しても、Graviteを使うと非常に綺麗な結晶ができるのです。そういう意味では、有史以来研究者が行って来た多種多様の研究で1gでは当たり前のことでも、微小重力下ではまったく新しい発見があって、大きな価値や成果が生まれる可能性があると思っています。

本日の私の発表は以上です。ご清聴ありがとうございました。


おわりに

いかがでしたでしょうか。 講演内容の全てをご紹介することはできませんでしたが、宇宙産業における研究分野は、これからどんどんと広がっていきそうですね。
少しでも面白そうだと感じましたら、ぜひ来年はサイエンスエキスポにご来場ください!


アズワンでは弓削教授にご講演頂いたGraviteも取り扱っております。 製品についてのお問合せなどございましたら、お気軽にご相談ください。